オープンな対話にとどまらないもの

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ひとりで作り、ひとりで悩み、ひとりで動かし、ひとりで失敗する、を繰り返し、それでも生き抜く起業好き40代。

くるたのしい対話についての続きです。

特に、誰かとの実際の対話について。

今回、様々な人といろいろなところで、

本当に色々な話をしました。

 

ただの、実利的な、必要に迫られた会話もあれば、

旧友と近況を語り合うこともあれば、

初めて出会う人との深い語り合いもありました。

 

そんな中で、くるたのしい、

つまり深い喜びを伴う対話が出来た時、

またもう一度会いたいと思い、

そして忘れられない経験となります。

 

くるたのしい対話って実際どんなものでしょうか。

まずは、双方が、自分の思考、意思、意図をもって会話に臨む態度があること。

つまりはその人が日々どんなことを考え、感じ、それを元に行動しているか

その前提があるかどうかが重要になります。

そして、それをある程度、相手に開示しようとする態度も同時に必要です。

これがないと、対話ではなく

お互いの意見の語りっぱなし、語りの一方通行になってしまう為です。

 

自分の思考、感情を相手に開示する態度

これはオープンマインドと言われるかもしれませんが、少しニュアンスが違います。

相手に開示すると同時に、

相手の開示も受け入れて、

なおかつ一度受け止めて、

さらにそれにともなって変化する準備ができていることです。

変化は「くるしい」ので

これは人によってはとても恐ろしいことになります。

 

ですが、常に身を開く態度で思考していると

自分に必要な変化、目を開かされることを待ち望むため、

変化は怖くなく、くるたのしい ものになります。

感動しようと思っていない音楽を聞いて感動して

涙を流すような心持ちです。

 

双方がそのような心持ちで会話すると

なにかが生まれるような効果を期待できる対話になります。

そんな対話ができる相手であれば

いつも相対したいと願いますし、

また自分もそうでありたいと願います。

 

本当に興味深い対話というのはそういうものだと思います。

でも1つ。

河合隼雄先生によると、

「開く」ことはある程度はなくてはならない。

ただしその意図が強すぎると

対話の「妙」が消えてくる、なんだかつくりものになってくる

 

ここでの「妙」とは何でしょうか。

私は、無意識下で行われる

何か直感とか、雰囲気、皮膚感覚のような

やり取りではないかと思います。

 

「ことば」に乗ってこない

でもその場にあるもの。リズム。

本当の対話をしている2人にのみ感じられるもの。

その「妙」すらも楽しめたら

その対話は忘れられない経験になります。